医療改革、医療改革、と外野はうるさいが

いったい国は何をもって医療改革と言うのだろうか? 国民皆保険にさせ、さらに医療機器、薬剤、医療材料に至るまで国はその補填を、医療機関にたいして行う。この時点で、国の財政が悪化するのは当たり前だ。
将来的に増える介護のコストの話はおいおい書くが、今日は純粋に医療の話し。
医療に関して言うと、一般の国民、医療機関(医師、看護師などのスタッフ)、製薬会社・機器メーカー、そして国(厚生労働省)で全く思惑が違う。4者4様である。
普通、医療改革と言うと、国側の理屈なので、おのずといかに医療機関に支払う国側の負担を減らすか、がメインのテーマになる。患者へのサービスの質は同水準だが、医療機関には診療報酬・手技料など、年々支払額をへらそうということが改革である。医療機関・医師・看護師などから言わせると、改革とは、医療機関の人件費を減らし、薬品・機器メーカーを買い叩くこと。薬品機器メーカーから言うと、リストラして人件費を浮かせて国外に販路を確保すること。国民から言うと、支払うべき医療費の負担を減らすことが改革である。

こう見てくると、国側そして一般国民に、選択の余地がない。国側は医療費負担を減らすしか選択肢はないし、国民は医療費の負担が年々増えるしか選択肢はない。医療機関は、会社のシステムを導入し経営合理化したり、医療観光や日本の医療を外国に輸出する。また将来的には、自らの医療機関の特性や医師の技術をいかに輸出するか、である。薬品会社や医療機器会社も国外への輸出という選択肢がある。
何を言いたいかというと、国側が改革と言う問題は改革ではなく、どうやって国の財源を確保して国民皆保険制度を守るか?ただ、それだけの事で、医療改革と言う大それた問題ではない。
そして一言付け加えるなら、医療維持の財源は税金でしか賄えない。そして、法人税所得税増税なら企業や富裕層は国外に逃げ、消費税増税なら人口の減少を招くだけだ。
この日記で何度も書いたが、基本コンセプトはアメリカ型医療か、オランダやフランス型医療かの二者択一である。アメリカの医療費は高い。患者は医療を受けないか、年数十万円の個人保険に入るかしか選択肢はない。ヨーロッパ型医療を望むなら、支払う税金は消費税に限らず、法人税所得税も高い。
政府は改革などと言って、猫だましを、ちらちらさせるが、なんの事はない、自分達の財源がなくなってきてる、それだけの事である。
国が低成長(黄昏時)にかかってくると、年金・医療などの社会保障費、公務員の人件費など、高度成長期に、賄えたものが賄えなくなる。当たり前である。
社会全体に活力を与えて、国の黄昏時をもう少し伸ばすには、この日記で何度も書いたが、日本への移民をもっと増やしていくべきだろう。移民を受け入れる時点で痛みは伴うが、長期的には税収だけに頼る袋小路はさけられるだろう。
近代史で第1の開国は明治維新、第2の開国は1945年、第3の開国は既得権を日本自身で撃ち破った時である。 それは首都の遷都かもしれないし、移民の受け入れかもしれないし。

改革とは、そういうものであるべきで、今の政治家の言う「改革」と言う言葉を明治維新の志士達が聞いたら、吹き出すのではないか(笑)?シーザーの様に後ろからズブリなら、政治家に「改革」と言う言葉は重いが、猫も杓子も、改革、ではね(笑)。